関数の内積を定積分で定義する理由
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内積の一般的な定義は次のようである。
$H$をベクトル空間とする。$x,y,z \in H$と$\alpha, \beta \in \mathbb{C}$に対して、次の条件を満たす関数
$$ \langle \cdot , \cdot \rangle \ : \ H \times H \to \mathbb{C} $$
を内積と定義し、$\left( H, \langle \cdot ,\cdot \rangle \right)$を内積空間という。
- 線形性: $\langle \alpha x + \beta y ,z \rangle =\alpha \langle x,z\rangle + \beta \langle y,z\rangle$
- 共役対称性: $\langle x,y \rangle = \overline{ \langle y,x \rangle}$
- 正定値性: $\langle x,x \rangle \ge 0 \quad \text{and} \quad \langle x,x \rangle = 0\iff x=0$
特に関数空間での内積は次のように定積分を使って定義される。
$$ \langle f, g \rangle := \int_{a}^{b} f(x) g(x) dx $$
これで$\langle , \rangle$が内積になることは簡単に示せるが、なぜこんなに定義するのかは理解し難い。それぞれの要素を掛け合わせて足すというユークリッド空間での内積の定義からあまりに遠く、全然実用的にも見えない。しかし、これらの定義は自然であり、関数解析を学ぶにつれて美しくはまっていく。
例示
例で理解しよう:
二つのベクトル$\mathbf{f} = ( {\color{blue} 1} , {\color{orange} 5} , 0 , {\color{purple} 4} , {\color{red} 2} , {\color{Green} 1} )$と$\mathbf{g} = ( {\color{blue} 9} , {\color{orange} 6} , 0 , {\color{purple} 1} , {\color{red} 2} , {\color{Green} 5} )$を考える。内積を計算すると
$$ \mathbf{f} \cdot \mathbf{g} = {\color{blue} 1 \cdot 9 } + {\color{orange} 5 \cdot 6} + 0 \cdot 0+ {\color{purple} 4 \cdot 1 } + {\color{red} 2 \cdot 2 } + {\color{Green} 1 \cdot 5} = 52 $$
である。ベクトルを成分ごとに分けた大きさを棒グラフで表示すると、次のようになる。
$[-3,3]$から上の棒グラフの形になるように定義された二つの関数
$$ f(x) := \begin{cases} 1 & , -3 \le x \le -2 \\ 5 & , -2 \le x < -1 \\ 0 & , -1 \le x \le 0 \\ 4 & , 0 \le x < 1 \\ 2 & , 1 \le x < 2 \\ 1 & , 2 \le x \le 3 \end{cases} $$
$$ g(x) := \begin{cases} 9 & , -3 \le x \le -2 \\ 6 & , -2 \le x < -1 \\ 0 & , -1 \le x \le 0 \\ 1 & , 0 \le x < 1 \\ 2 & , 1 \le x < 2 \\ 5 & , 2 \le x \le 3 \end{cases} $$
を考えると、
$$ f(x) g(x) = \begin{cases} 9 & , -3 \le x \le -2 \\ 30 & , -2 \le x < -1 \\ 0 & , -1 \le x \le 0 \\ 4 & , 0 \le x < 1 \\ 4 & , 1 \le x < 2 \\ 5 & , 2 \le x \le 3 \end{cases} $$
であるから、$\displaystyle \int_{-3}^{3} f(x) g(x) dx = 52$であり、驚くべきことに$\mathbf{f} \cdot \mathbf{g}$と一致する。
もちろん、すべての関数がこんなに都合よくなるわけではないが、積分可能な関数であればリーマン和のアイデアを適用できる。そもそも定積分自体が分割して掛け合わせて足すことを含んでいるので、‘内積’と呼ぶには不足がない。関数の内積は有限次元ベクトルの内積を無限次元に一般化したものと見ることができ、既存の内積の概念にしっかりとカバーされる。