ベクトルポテンシャルの多重極展開と磁気双極子モーメント
ベクトルポテンシャルの多重極展開1
ベクトルポテンシャルの多重極展開とは、電流が集まっている時、充分に遠くのベクトルポテンシャルを$\dfrac{1}{r^{n}}$に関する級数近似式として表したものだ。まず、線電流のループによるベクトルポテンシャルは次のとおりである。
$$ \mathbf{A}(\mathbf{r})=\dfrac{\mu_{0} I}{4\pi}\oint \dfrac{1}{\cR}d\mathbf{l}^{\prime} $$
上の図のような条件では、次の式が成り立つ。
$$ \dfrac{1}{\cR} =\dfrac{1}{\sqrt{r^2+(r^{\prime})^2-2rr^{\prime}\cos\alpha}} = \dfrac{1}{r}\sum \limits_{n=0}^{\infty} \left( \dfrac{r^{\prime}}{r} \right)^{n} P_{n}(\cos \alpha ) $$
これをベクトルポテンシャルの式に代入すると、下記のようになる。
$$ \mathbf{A}(\mathbf{r})=\dfrac{\mu_{0} I}{4\pi} \sum \limits_{n=0}^{\infty} \dfrac{1}{r^{n+1}} \oint (r^{\prime})^n P_{n}(\cos\alpha)d\mathbf{l}^{\prime} $$
$\sum$を展開して整理すると、次のようになる。
$$ \mathbf{A}(\mathbf{r})=\dfrac{\mu_{0} I}{4\pi} \left[ \dfrac{1}{r}\oint d\mathbf{l}^{\prime} + \dfrac{1}{r^2}\oint r^{\prime} \cos \alpha d\mathbf{l}^{\prime}+\dfrac{1}{r^3}\oint (r^{\prime})^2 \left( \dfrac{3}{2}\cos ^2 \alpha -\dfrac{1}{2}\right) d\mathbf{l}^{\prime} \cdots \right] $$
この級数の第一項を(磁気)単極、第二項を双極子、$n$項を$2^{n-1}$極子と呼ぶ。変位を閉曲線に沿って積分すると常に$0$なので、磁気単極項は常に$0$である。
$$ \oint d \mathbf{l}^{\prime}=0 $$
この数式は、自然界には磁気単極が存在しないことを説明している。したがって、単一の極は磁場を作れず、少なくとも双極子(最小の異なる符号の対)が必要である。電荷の場合は、点電荷$\pm q$だけでも電場を作り出す事とは異なる。磁石を半分に切った時、N極とS極に分かれるのではなく、二つの磁石ができるのは、まさにこのためだ。磁場を放出する単一の極はない。磁気単極を磁荷magnetic chargeとも呼ぶ。
磁気双極子モーメント
磁気単極が存在しないため、ベクトルポテンシャルの多重極展開で最も重要な項は双極子項である。$\cos \alpha = \hat{\mathbf{r}} \cdot \hat{\mathbf{r}^{\prime}}$であるため、
$$ \mathbf{A}_{\text{dip}}(\mathbf{r}) = \dfrac{\mu_{0} I}{4 \pi r^2}\oint r^{\prime} \cos \alpha d\mathbf{l}^{\prime} = \dfrac{\mu_{0} I}{4\pi r^2}\oint (\hat{\mathbf{r}}\cdot \mathbf{r}^{\prime})d\mathbf{l}^{\prime} $$
積分式は次のように書き換えられるが、証明は省略する。
$$ \oint(\hat{\mathbf{r}}\cdot \mathbf{r}^{\prime})d\mathbf{l}^{\prime}=-\hat{\mathbf{r}}\times \int d \mathbf{a}^{\prime} $$
すると、
$$ \mathbf{A}_{\text{dip}}(\mathbf{r}) = \dfrac{\mu_{0}}{4\pi r^2} (-\hat{\mathbf{r}})\times \int I d\mathbf{a}^{\prime} $$
この積分値を磁気双極子モーメントmagnetic dipole momentと呼び、$\mathbf{m}$と表記する。
$$ \mathbf{A}_{\text{dip}}(\mathbf{r})=\dfrac{\mu_{0}}{4 \pi} \dfrac{\mathbf{m} \times \hat{\mathbf{r}}}{r^2} $$
$$ \mathbf{m}=I\int d\mathbf{a}^{\prime}=I\mathbf{a}^{\prime} $$
$\mathbf{a}^{\prime}$はループのベクトル面積vector areaである。ループが平らな場合、$\mathbf{a}$の大きさはそのループで囲まれた面の面積であり、方向は右手の法則で決定される。
例題
下の図のようなㄴ字型ループの磁気双極子モーメントを求めなさい。全ての辺の長さは$w$で、電流$I$が流れる。
ㄴ字型のループは、二つの平らな正方形ループを合わせたものと考えられる。それぞれの双極子モーメントを足し合わせると、
- ループ1の双極子モーメントは$Iw^2 \hat{\mathbf{y}}$
- ループ2の双極子モーメントは$Iw^2 \hat{\mathbf{z}}$ したがって、$\mathbf{m}=Iw^2 \hat{\mathbf{y}}+Iw^2 \hat{\mathbf{z}}$である。
David J. Griffiths, 基礎電磁気学(Introduction to Electrodynamics、金甚生訳) (第4版, 2014), p271-273 ↩︎