量子力学におけるベクトルと内積
ベクトルの一般化
線形代数学を学んでいない理系の学生にとって、ベクトルとは大きさと方向を持つ物理量であり、3次元空間の点を意味し、通常のように表される。こうした定義では古典力学と電磁気学を学ぶ上では大きな問題はないだろう。しかし量子力学ではフーリエ解析、関数の内積などといった概念が出てくるため、ベクトルの一般化された定義を知らないと学ぶのに大きな困難を感じるかもしれない。
線形代数学では、ベクトルとは我々が直感的に考えるそのベクトルを抽象化したものである。3次元空間のベクトルと同じ性質を持つものすべてをベクトルと呼び、ベクトルを集めた集合をベクトル空間と呼ぶ。その性質は我々が3次元空間の点を考えたときに当然満たすべき性質を意味する。例えば、
- ベクトルとベクトルを加えたものもベクトルである。
- ベクトルに定数を掛けたものもベクトルである。
といったものがある。したがって当然のことながら3次元空間の点はベクトルとなり、3次元空間はベクトル空間となる。以下には量子力学で最も重要な2つの例を紹介する。行列と関数もベクトルである。
例
行列
大きさがの行列を集めた集合を考えてみよう。これらを加えても依然として行列であり、任意の定数を掛けたとしても依然として行列であるため、この集合はベクトル空間となり、各行列はベクトルとなる。
実際にのように順序対で表記するものや、のように行列で表記するものは本質的に違いがないことを思い出すと、行列がベクトルであることがより感じられるだろう。
関数
連続関数の集合を考えてみよう。とが連続関数であるならば、この二つを加えたも依然として連続関数である。また、任意の定数を掛けたも依然として連続関数である。したがって、連続関数の集合はベクトル空間となり、それぞれの連続関数はベクトルとなる。
実際に関数値が3次元ベクトルであるベクトル関数の場合、次のように表記することを思い出してみよう。
内積の一般化
内積はベクトルを扱う際に非常に有用な演算である。ベクトルという概念を一般化したように、内積もその概念を一般化してみよう。まず一般化された内積の表記としては、点の代わりに単一角括弧を用いる。 とがあるときは次のように表記する。
量子力学では中央にカンマの代わりに縦棒を使う。
これをディラック記法と呼ぶ。二つのベクトルの内積がであれば、二つのベクトルが互いに直交すると言い、次のように表記する。
ベクトルを一般化する際の核心は「我々がベクトルだと考えるものが満たすべき性質」を満たすものであれば、それが何であれベクトルと呼ぶという点にある。内積の一般化でも同様に、「各成分同士を掛けたものをすべて足す」というコンセプトをそのまま維持する。扱うベクトル空間によって、内積の定義は次のように異なる。
例
行列
二つの行列があるとしよう。この二つの内積は3次元ベクトルの内積と同じく「各成分同士の積の和」として定義される。
関数
上で関数もベクトルだと言ったので、二つの関数の内積も定義できる。関数の内積は次のように定積分で定義される。
ここではの複素共役を意味する。ただし表記法に曖昧さがあるので注意しよう。関数の内積をなぜこのように定義するかについては、‘関数の内積を定積分で定義する理由’に詳しく説明してあるので参考にしよう。