固定点を含まない軌跡は少なくとも1つのゼロリアプノフ指数を持つ。
定理
空間 $X = \mathbb{R}^{n}$ と 連続な 関数 $f : X \to X$ に対して次のような ベクトル場が 微分方程式として与えられているとする。 $$ \dot{x} = f(x) $$ このシステムの トラジェクトリー $x$ が $t \in [0, \infty)$ に対して 有界であるとする。もし $\left\{ x(t) \right\}$ が 固定点を含まないならば、$x$ の リヤプノフスペクトラムのうち少なくとも一つは $0$ である。
説明
経験的に、数値的なリヤプノフスペクトラムを計算していると、そのうちの一つが $0$ であることがよく見られる。この事実は1982年に ハーケンHakenによって証明され、定理として発表された。その理由を直観に依存して幾何的に説明すると、カオティックであろうと周期的であろうと、ある点 $x (t)$ を通過したトラジェクトリーが $T$ 後に再び $x (t)$ の非常に近くの $x (t + T)$ に戻ってくるという点で自然であることが言える。もし固定点に収束するならば、すべてのリヤプノフスペクトラムは負のはずであり、発散するならば正のリヤプノフ指数を持つことになる。しかし、固定点に留まらずどこかに行ってまた戻ってくるということは、そのシステムに$x (t + T)$を過去にいた場所に戻す力があることを意味しており、平均の観点からリヤプノフ指数が一つ以上 $0$ であるのも不思議ではない。
証明 1
与えられた $x(t)$ と $f$ の ヤコビ行列 $J$ に対して次のように 変分方程式を定義しよう。 $$ \dot{Y} = J \left( x \right) Y $$ $x$ のリヤプノフ指数 $\lambda$ は $Y$ のある 列ベクトル $y(t)$ に対して次のように定義される。 $$ \lambda := \limsup_{t \to \infty} {\frac{ 1 }{ t }} \log \left| y(t) \right| $$ 次に、$y$ を特定のベクトルではなく具体的に $y = \dot{x}$ としよう。まず $\dot{x} = f(x)$ の両辺を時間で微分すると、連鎖律により $y = \dot{x}$ が $\dot{Y} = J Y$ の解であることが確認できる。 $$ \begin{align*} & \ddot{x} (t) = \dot{f} \left( x (t) \right) \dot{x} (t) \\ \implies & \dot{y} (t) = J \left( x (t) \right) y (t) \end{align*} $$ ここで $\dot{f} \left( x (t) \right) \to J \left( x (t) \right)$ は $J$ が結局 $t$ 時点の $x(t)$ の点で $f$ の 線形化であるという点で正当化される。大前提で $f$ は連続関数、$x$ は $t \in [0, \infty)$ においてバウンドされていると仮定したので $$ \left| f (x) \right| < D $$ を満たすある $D > 0$ が存在し、 $$ \left| y \right| = \left| \dot{x} \right| = \left| f (x) \right| < D $$ 従って $$ \lambda = \limsup_{t \to \infty} {\frac{ 1 }{ t }} \log \left| y(t) \right| \le \limsup_{t \to \infty} {\frac{ 1 }{ t }} D = 0 $$ である。言い換えれば、$\lambda \le 0$ である。
次に $\lambda < 0$ であると仮定しよう。リミットシュープリームの定義に従い任意の $\epsilon > 0$ に対して次を満たす時点 $t_{0}$ が存在する。 $$ {\frac{ 1 }{ t }} \log \left| \dot{x} \right| < \lambda + \epsilon \qquad , \forall t > t_{0} $$ 次に、$\lambda$ と $0$ の間に存在する $\lambda '$ が $\lambda ' := \lambda + \epsilon < 0$ を満たすように小さな $\epsilon$ を選択し、次のように $\left| \dot{x} \right|$ 以上の関数 $t$ について関数 $v(t) := v_{0} e^{ - \left| \lambda ' \right| t}$ を定義しよう。 $$ \left| \dot{x} \right| \le \left| v_{0} \right| e^{ - \left| \lambda ' \right| t} = \left| v(t) \right| $$ この定義により、$t \to \infty$ のとき $\left| \dot{x} \right| \to 0$ でなければならず、これはすなわち $x$ が固定点に収束することを意味する。しかし $\left\{ x(t) \right\}$ は固定点を含まないと仮定したので、残る唯一の可能性は $\lambda = 0$ だけである。
■
Haken, H. (1983). At least one Lyapunov exponent vanishes if the trajectory of an attractor does not contain a fixed point. Physics Letters A, 94(2), 71-72. https://doi.org/10.1016/0375-9601(83)90209-8 ↩︎